「嫌い」の反対は「好きでも嫌いでもない」

2020年8月15日

「嫌い」の反対は「好き」ではなくって「好きでも嫌いでもない」です!
「嫌い」を見つめると、望みを妨害しているものや自分の「好き」が分かります。

▼目次

  1. 「嫌い」の反対
  2. 「嫌い」の意味
  3. 「嫌い」の使い方

「嫌い」の反対

「嫌い」の反対は「好き」ではありません。

「嫌い」の反対は「好きでも嫌いでもない」です。

つまり、興味がない。眼中にない。意識にのぼらない。無関心ということ。

「嫌い」は、関心が向いている状態。

「好き」も「嫌い」もフォーカスするためにあります。

私たちにとって、フォーカスする必要があるものということ。

「好き」でも「嫌い」でもないものは、自分にはあまり影響しないこと。

「嫌い」の意味

嫌いなことや、嫌いな人のことは、なんとかして変えようとするか避けようとするかだと思います。

その嫌いな存在がそのままでは困る。

「嫌い」に対して、抵抗している状況。

抵抗したものはつきまといます。

起きてほしくないと思ったことに限って起こるし、会いたくない人に限って会わなきゃいけない、ということが起きます。

フォーカスするために「嫌い」があるのだから、変えようとしたり避けようとしたりする代わりに、「嫌い」を見る。

「嫌い」と感じている自分を見る。

「嫌い」と感じるのはなぜか。

それは、自分にとってよろしくないから。

なにかしらよろしくない事態を避けたいという防御の気持ちです。

危険!と感じているのです。

「嫌い」のもとには、怖れとか傷つきの感情があります。

そして、その感情を生む観念が関わっています。

「嫌い」の使い方

「嫌い」のおかけで分かることがあるので、「嫌い」をうまく使ってみよう!ということで2つ書いてみます。

「嫌い」の理由を見つけて妨害をなくす

嫌いな人がいるとします。

そうしたら、その人の何が嫌いなのかを書き出してみます。

例えば、自信満々な感じの人が許せない、と思ったとします。

自信満々な感じのその人を見て、自分がどう感じるのかを考えてみます。

うぬぼれはよくない、と感じるかもしれないし
その自信ありげなところを見て、劣等感を感じるのかもしれない
大したことないのによくそんなに自信持てるな、と思うかもしれない

よくよく見つめてみると、自分の痛みや怖れに触れるから嫌なんだということが分かります。

例えば、小さいころからよくないところばかりを指摘されて、育ったとします。

すると自分のいいところではなく、よくないところを見て直していかなければいけない、という観念を持つかもしれません。

そうするとよくないところがあるのに、いいところをアピールする人を見ると、心がざわつきます。

自分が正しいと信じていること(観念)に触れて、心が揺らぐのです。

こんな風にして、「嫌い」を見つめることによって、自分の観念を知ることができます。

今、これを書いていて思い出したことがあるので、そのエピソードをさらっと紹介したいと思います。

その人は、転職活動をしていましたが、面接の自己PRでうまく行かないということが分かりました。

「自分の長所を言うとかできない」と言っていました。

自分のいいところを言うことはよくないことだと考えていました。

欠点を言うのには抵抗がないけど、長所を言うのには抵抗を感じる。

友だちなんかでも、自分のいいところをアピールしてくる人は嫌いだと言っていました。

そういう人が嫌いだから、自分はそうなりたくないと思うわけです。

(ほんとは自分のいいところを見るのはいけないと思ってるから、そういう人が嫌いと感じるのですが)

長所と言っても、上には上がいるのにアピールするなんてと考えていました。

就職面接で自己PRをするのが苦手という人は多いですね。

長所を言うのなんて・・

「他の人より特別できるわけじゃないし」とか、「できるって言ったけど就職してからできないじゃないかと思われるんじゃないか」とか、「いいところなんてないし」とか・・

そこには怖れや傷つくことを避けようとする気持ちがあります。

ほんとに人それぞれですが、自信がないから能力をちょっと割り引いて伝えておく方が傷つかないで済むとか、謙虚でないと嫌われるとか..

でも、就職面接で自分の長所を言わないというのは、採用されたい、でもうまくいかない、それで自信をよりなくす・・・という結果をもたらします。

で、この人のケースでは、自分の長所を把握していることと自信過剰とは全く別のことなんだということを一緒に考えて、面接に臨み、希望の仕事に就くことができました。

こんな風に観念が自分の願望達成を邪魔していることはものすごくたくさんあります。

でも、その観念には気づいていないで行動しているのです。

だから、「嫌い」を使って自分の観念を知ることも大事です。

そして、観念に気づいたとき、その「嫌い」はなくなります。

「嫌い」を知って「好き」を知る

嫌いなことは分かるけど、好きなことはと聞かれるとよく分からないということもよくありますね。

だから、嫌いなことを知って、その反対が自分の好きなこと、望むことなんだと知る材料にできます。

例えば、仕事が忙しすぎてもう嫌だー、となってるとします。

忙しくてどう嫌なのかを書き出してみます。

忙しすぎて、納得できる仕事ができていないのだとすると、自分が納得できるような仕事をしたいというのが望み。

忙しすぎて、疲れて自分のプライベートが休息だけになっているのだとすると、自分のプライベートをもっと充実させたいというのが望み。

忙しすぎて、割に合わないと思っているとすると、お金やあるいは他の何かと引き換えに、やりたくないことをやっているのかもしれません。これが大好きな仕事だったとして、同じように忙しい場合にはどう感じるのか。大好きなことなら構わないというのなら、大好きなことを仕事にしたいというのが望み。

という風に「忙しすぎて嫌だ」という場合でも、じゃあ、何がしたいのか、どういう仕事や状況なら「好き」と思えるのかはいろいろです。

「嫌い」をよく見つめて、じゃあ何が「好き」なのかを知るっていうことができます。

「嫌い」を変えようとして、その「嫌い」にとらわれ続けるんじゃなくて、「嫌い」を使って「好き」を知ったらそちらを選択するのです。